館長話す語り館長話し語り
(にしふるかわ公民館通信H25年1月号掲載)


多田川に(なぬ)()という話


 む
かしむかしのある晩の事。月明かりの中を酒に酔った三人の若者が千鳥足でふらふらと歩いておりました。ちょうど柏崎村の多田川堤防辺りに差し掛かかったときでした。月明りとはいえ何せ夜道の事、ひとりの男が何かにつまずいて転んでしまいました。二人の男は、あははと笑いながら転んだ男を助け起こしてやりました。よくよく男の足元を見ると神社の鳥居に飾る太いしめ縄のようなものが道をふさいでいたのでした。若者たちはじゃまだじゃまだといいながら、そのしめ縄のようなものを持ち上げて道の脇に押しやろうとしました。ところがその縄の重いことといったらありません。誰かが抱えきれずに手を滑らせてしまったのか、その縄はスルスルと道の脇を流れる用水掘にすべり落ちて行きました。ひとりの男がぼそっと言いました。「なんだが勝手にしめ縄が動いて、堀さ入っていったみでぇだったなやぁ。」

朝、村の何軒かのお屋敷で、飼っていた鶏が食べられてしまったと大騒ぎになりました。鶏小屋には壊された跡があり、その大きさから山犬かキツネが入った様子です。さっそく、熊を何度も仕留めたという小野田村で有名なマタギを呼び寄せました。なあに山犬やキツネなら造作もねえと、たいそう自信たっぷりの大男でしたが、襲われた鶏小屋を見た途端、そそくさと帰り支度を始めました。「足跡もなければ獣の毛も見当たらねえ。何しろこの生くせえ臭い。こんな大きなヤツはオラの手にはおえねぇ。」それを聞いた村人たちは、どうやら多田川堤防には大きな蛇がいるみでぇだ、あれはきっと堤防のヌシにちがいない、と口々に噂したのでした。

正の終わりから昭和の初め頃、多田川堤防の工事が大規模に行われました。その時、何かのケモノが住むような大きな穴が見つかったのですが、それは木の電信柱がすっぽりと入ってしまうくらい深いものだったとか。今では、工事でその穴もすっかりわからなくなり、大蛇の噂もぱったりと聞かれなくなったそうです。

ころがある時、こんな事件がありました。季節は春。堤防には若々しい草花が茂り、田植えが進む水田には満々と水があふれています。農作業の帰り道でしょうか、多田川の東側堤防付近の農道を1台の軽トラックが小気味よく走っておりました。突然、ガタンガタンと何かを踏んづけた音がして、軽トラックは上下に揺れました。驚いて車を降りて確かめると、運動会用で使う綱引き用の太いロープが一本、無造作に捨ててあります。これはじゃまだと、片づけるためにロープに近づこうと足を一歩出すか出さないかのうちに、スルスルスルーとロープは用水路に入り込み、姿が見えなくなったではありませんか。軽トラックに踏まれてもなんともないとは・・・いったいアレは何だったのでしょうか?(昭和58年頃の聞伝)



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